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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1074号 判決 1978年1月26日

控訴人 喜多見長

右訴訟代理人弁護士 川本赳夫

被控訴人 同栄信用金庫

右訴訟代理人弁護士 山崎保一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、三五万円及びこれに対する昭和五二年二月五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり訂正、付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。

一、訂正

1.原判決二枚目表一〇、一一行目の「寄託金の返還請求権差押転付命令の手続をとったところ」を「金員の返還請求権について、訴外会社を債務者とし、被告を第三債務者として東京地方裁判所に債権差押及び転付命令を申請し、同裁判所は、昭和五一年一一月二六日債権差押及び転付命令を発し、その正本は、そのころ債務者である訴外会社及び第三債務者である被告に送達されたところ」と改める。

2.原判決三枚目裏一一行目の「右手形の」の次に「不渡処分を回避するため」を、四行目表六行目の「不知。」の次に「なお、被告は、昭和五一年五月一日、本件寄託金返還請求権について質権を設定したものである。」をそれぞれ加える。

3.原判決四枚目表七行目の「同2及び3の事実は否認する。」を「同2及び3の各事実のうち被告が訴外会社に対し手形用紙を交付したことは認めるが、その余の点は否認する。」と改める。

二、控訴人の主張

金融機関は、自己と当座取引をする者に対し、自己の営業所を支払場所とする手形用紙を交付することにより、第三者に対し、自己の信用を利用させることを表明するのであるから、右手形用紙を交付する場合には、これにより第三者に損害を与えることがないように注意する義務がある。そして、被控訴人は、訴外株式会社モーダ・ベーラ(以下、訴外会社という。)との間で当座取引契約を締結し、同会社に対し、被控訴人渋谷支店を支払場所と記載した手形用紙を交付した。ところで、同会社は、昭和四八年七月二〇日、資本金一〇〇万円で設立されたが、訴外川口圭子という若い女性(昭和一九年四月一二日生れ)が代表取締役として経営する会社であって、その設立以来、本店を転々と移転し、正常な営業をしているとは考えられず、手形のいわゆるパクリ専門の会社ともいうべきである。被控訴人は、取引上必要とされる注意を怠らなければ、右事実を知ることができたのに、これを怠り、訴外会社について十分な調査をすることなく、同会社に対し、右手形用紙を交付したものであるから、被控訴人には過失がある。

三、被控訴人の主張

1.控訴人の右主張事実は否認する。

2.被控訴人は、訴外会社と当座取引をするについては、金融機関として取引上必要とされる注意を怠らなかったものであり、その事情は、次のとおりである。

(一)被控訴人は、昭和五〇年四月三〇日訴外会社と右取引をするに際し、被控訴人の長年にわたる有力取引先である訴外村上勝一の紹介を受けたうえ、被控訴人の調査によっても、同会社が洋品雑貨の輸入販売を目的とし、盛業であることを確認した。なお、被控訴人は、その際、右村上、訴外会社の代表者訴外川口勝弘及び川口圭子をして同会社の被控訴人に対する右取引に基づく債務について連帯保証をさせ、かつ、右村上及び川口勝弘をして、右取引に基づく被控訴人の債権の担保として、同人ら所有の不動産について債権極度額一五〇〇万円の根抵当権を設定させた。

(二)被控訴人は、昭和五一年一〇月四日訴外会社が手形不渡により銀行取引停止処分を受けたので、直ちに同会社から未使用の手形用紙全部を回収したのである。

四、証拠<省略>

理由

一、控訴人が請求の原因第一項記載の約束手形一通(以下、本件手形という。)を所持していること、訴外会社が同手形を振り出したこと、控訴人が満期の日に支払場所で支払のため同手形を呈示したが、支払を拒絶されたこと、訴外会社が、同手形に対する不渡処分を回避するため、被控訴人に対し、不渡異議申立に要する提供金三五万円を寄託したこと、控訴人が訴外会社を債務者とし、被控訴人を第三債務者として、右寄託した金三五万円の返還請求権(以下、「本件寄託金返還請求権」という。)について、昭和五一年一一月二六日東京地方裁判所から債権差押及び転付命令を取得し、その正本がそのころ第三債務者である被控訴人に送達されたこと、被控訴人が本件寄託金返還請求権について質権の実行をしたことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実と<証拠>を総合すれば、控訴人は、本件手形上の債務の給付を命ずる執行力ある判決正本に基づき、右債権差押及び転付命令を取得したこと、被控訴人は、本件手形についての不渡処分を回避するため、昭和五一年四月一日、訴外会社の委任に基づき、東京手形交換所に対し同会社から寄託を受けた三五万円を提供し、その後同年一〇月四日ころ右手形交換所から三五万円の提供金の返還を受けたこと、ところで、被控訴人は、これより先昭和五〇年四月三〇日、訴外会社との間で、手形貸付、手形割引などの方法により継続的に金融をする旨の契約を締結し、金員を貸し付けてきたが、昭和五一年五月一日、同会社との間で、右契約に基づく被控訴人の債権の担保として、本件寄託金返還請求権について質権を設定する旨の契約を締結し、その後、前記債権差押及び転付命令の正本の送達前の同年一〇月四日右質権を実行するに至ったことが認められ、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、本件寄託金返還請求権は右質権の実行により消滅したものというべきである。

二、控訴人は、被控訴人の右質権の実行は控訴人が右寄託金により優先弁済を受ける権利を侵害するものであり、違法であると主張するので、判断する。

元来、手形についての不渡処分を回避するため手形交換所に提供される異議申立提供金は、当該手形の支払場所とされている銀行が不渡届に対する異議申立をするために要する資金として手形債務者に寄託させるにすぎないものと解すべきであり、右のような異議申立提供金の趣旨に徴し、当該寄託金は、当然、特定の手形債権の支払を担保して、その信用を維持する目的の下に寄託されるものではなく、また、それが支払銀行に返還されたときに手形債権者に対する支払にあてられるべきものとする趣旨で寄託されるものでもないことは明らかである。したがって、手形債権者は、当該寄託金返還請求権について、自己の当該手形上の債権の優先弁済にあてられるべきことを当然に主張できるものではなく、右不渡手形の支払銀行が、手形債務者に対して有する債権の担保として、右寄託金返還請求権について、自己のため質権を設定することが制限される理由はないものというべきである。

したがって、前記一の事実関係のもとにおいては、被控訴人が本件寄託金返還請求権についてした質権の設定及びその実行行為をもって、控訴人の権利を侵害するものであって、違法であるということはできない。そうであるとすれば、右質権の実行が違法であることを前提とする控訴人の主張の理由のないことは、明らかである。

三、次に、控訴人は、被控訴人が訴外会社との間で当該取引契約を締結し、支払場所を被控訴人の支店とする本件手形の手形用紙を交付したことにより損害を被ったので、被控訴人はその損害を賠償する義務を負う旨主張する。

被控訴人が訴外会社に対し手形用紙を交付したことは、当事者間に争いがない。

しかし、金融機関の手形用紙の交付行為が一般的に、その結果として、これを利用して手形行為がされた手形の不渡を発生させる可能性があるということはできず、手形の不渡は他の種々の条件が作用して発生するものというべきであるから、手形用紙の交付行為とその用紙を利用した手形の不渡との間には法律上相当因果関係があるものということはできない。

したがって、控訴人の前記主張はその他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

四、次に、控訴人は、被控訴人が訴外会社に対し、本件手形の手形用紙を交付したことにより、同会社の本件手形上の債務について保証をしたことになる旨主張するので、判断する。

金融機関が当座取引契約をした当事者に対し、手形用紙を交付することは、その契約当事者がその手形用紙を利用して手形行為をするについて、金融機関の信用を利用させる趣旨のものではないのであって、一般に手形用紙の交付行為をもって、金融機関が当該手形上の債務について民法上の保証債務を負担する意思を表示したものと解することはできない。したがって、本件においても、被控訴人が訴外会社に対し右手形用紙を交付したことは前記のとおりであるが、控訴人の前記主張は到底採用することができない。

五、以上の次第であり、控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却すべきであるから、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないものというべきである。

よって、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 枡田文郎 裁判官 山田忠治 佐藤栄一)

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